新しい日本語教授法 JAMPsystem!

2018年夏から、台風先生のTAとして日本語教育に奮闘しているIkumiが実際にアメリカの大学での日本語教育やアメリカでの刺激的な生活を通して考えたことや学んだ事などを記録していきます。

学内イベントを通して〜外国人を相手にする事、教える事〜

こんにちは!

今週もあっという間に一週間がすぎてしまいました。

毎日がパタパタと充実していることを実感する日々です。

 

今回は、大学内でのイベントを通して考えた事、感じた事を書きたいと思います。

というのも、去った11月11日月曜から15日金曜までの一週間、リッチモンド大学ではInternational Education(国際教育学部みたいなの)が主催したAsia weekというイベントがありました。去年はAfrican weekだったのですが、今年はアジアをテーマに一週間、様々な国の文化を紹介するイベントがありました。

そこで、前に学部長から日本について何か紹介したいものや、私ができるもの/事は何かと聞かれた時に、「ダンスをしたい!」と思いついたのがきっかけで今回、ダンスを披露する事にしました。プログラムは、日本語を勉強している学生と、日本人の方のご協力をいただいて、みんなで「ソーラン節」や「ダイナミック琉球」を踊り、日本からの交換留学生には日本舞踊で「さくらさくら」も踊ってもらい、アッパークラスの学生による日本についてのプレゼンテーションで構成しました。ダンスの練習は9月から週に一回の約二ヶ月半、取り組んでいました。

 

 

なぜダンスにしたのか???

なぜダンスにしたのかというと、単純に私が踊ることが大好きだからです。幼い頃からバレエを十数年習っていたこともあり、踊ることが大好きです。ヒップホップやk-pop

などのかっこいいダンスはできませんが、運動会でみんなで踊るようなダンスは得意です。それに、日本の文化紹介といった時に、思い浮かぶダンスとして「ソーラン節」は有名だと思います。私くらいの年代の人は、小学校の運動会で「ソーラン節」を踊るのが伝統のような雰囲気もあったと思います。また、アメリカに来てある大学の日本に興味のある学生たちがイベントで「ソーラン節」を踊っていて、それを見た時に、ソーラン節はこんなもんじゃない。もっとカッコよく踊るものだと、踊りに関してはちょっと厳しい私の心に、「もし何かパフォーマンスをする機会があったら、日本の追求心や洗練された技術も学生に感じてもらいながらパフォーマンスしたい!」と火がついたのがきっかけです。

 

日本の良さ

私は正直にいうと、日本に対してあまりいい印象がありませんでした。学生時代に、飲食店でアルバイトをしていたこともあり、社員が楽しそうに働いていないこと、理不尽な文句をつけてくるお客さんがいることなどを見ていて、日本の悪いところにばかり目がいってしまっていました。しかし、アメリカに来て、一度外から日本を見てみると、当たり前だと思っていたことが実は当たり前ではなく、素晴らしいものだと日本にいては気づけないことにたくさん気づけたと思います。例えば、パフォーマンスの時は一生懸命練習して、いいものを見せようとする精神や接客ではチップがもらえなくてもお客様に喜んでもらおうと考える精神です。バレエの発表会や大学の学祭などで人前で何かをパフォーマンスするときは、まず練習を頑張りました。これが当たり前だと思っていました。しかし、ここで私が見たイベントではあまり練習していないというのが分かってしまう程質が高くないパフォーマンスや、楽しかったらオッケーというようなパフォーマンスが多々ありました。観客もおおらかで笑って見守っていて、感覚が違うんだな〜とびっくりしましたが、日本では、人前で披露するには必ず練習すると思います。一言でまとめると、追求心や洗練された技術は、日本の良さなのではないかとここに来て気づくことができました。

 

またもやカルチャーショック

ダンスをやると決めたら練習です。みんなで一つの踊りをするので、振り付けを覚えるだけでなく、細かく合わせなければなりません。また、ソーラン節は体力勝負なので、何回も踊ると疲れてしまします。そんな中、一人の学生が元気なさそうにしていたので「大丈夫?」と聞くと、

 

「疲れた」

 

という答えが返ってきました。びっくりです。みんな疲れているのに、堂々と疲れた発言。しかも、この学生は先週も休んでいて余計についていくのが大変だったと思います。まさかこんなにきっちり練習するとは思っていなかったはずなので、彼女も驚いていたということは簡単に想像できます。

しかし、はっきりと「疲れた」宣言をされてしまっては私もまさかの答えにびっくりして「みんな頑張っているんだから、頑張って」ということしか言えませんでした。

ここで私が考えさせられたのは教師の哲学です。

もし、私がはっきりと自分の哲学を持っていたら?このパフォーマンスではどこまでのレベル(ただ踊るだけじゃない。みんなで合わせて踊ること。そのために一生懸命練習すること)を求めるからみんなに頑張って欲しい。ついてきて欲しい。ということをしっかり私自身が持っていれば、それをあのような急な場面でも言葉にして伝えることができたのではないかと思います。

 

ダンスを教えていて思ったこと

また、ダンスを教えていて、日本語を教える事と全く同じだなと思ったこともあります。前述したことと被りますが、「ゴールは何か、どこまでのレベルになることを期待しているかというのを、教える人がきちんと認識していないといけない」ということです。教える人が学習者の(ダンスを習っている人の)ゴールは何かということを明確にしていないと、だんだん学習者はだれてくるし、目標もなく何を目指して頑張ればいいのか分からなくなってしまいます。私も、ただ振り付けを教えて、部分的に合わせて、ということをしていたので、全体のスケジュールを出す事によってこの日のゴールは何かと分割して取り組んでいく事でみんなにその日のゴールを明確に示すことができたのは良かったと思います。

また、もう一つ学んだことがあります。それは私が分かるからあなたも同じように分かるでしょう?できるでしょう?という態度では教えることができないということです。

実はこのパフォーマンスをしてくれる学生のほとんどは、以前に踊ったことがない学生でした。今まで踊ったことがないので、体の使い方やリズムの取り方も全部丁寧に説明しないと分かりません。私は十数年、バレエをしていたのでなんとなく踊りの基礎や体の使い方、リズムの取り方は身についています。しかし、それを未経験者の方に教えるとなると、一から全部噛み砕いて分かりやすく説明することが必要で、それはまさに「日本人だから日本語が教えられる」という感覚は間違いであるということ合致するものでした。ダンスと日本語、一見全然違ったもののように見えますが、教えるという点では基礎は全く同じだったのです。

 

 

今回は、どうしてダンスを踊る事にしたのかやダンスを教えていて学んだ事をまとめました。次回は、そもそも文化紹介とは???という事について私が気付かせられたことや考えたことを書きたいと思います。

 

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イベントの日